「岡田有希子と“もうひとりのユッコ”の夭折、映画界の奇才による大映ドラマブームという置き土産」1986(昭和61)年【連載:死の百年史1921-2020】第8回(宝泉薫) |BEST TiMES(ベストタイムズ)

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「岡田有希子と“もうひとりのユッコ”の夭折、映画界の奇才による大映ドラマブームという置き土産」1986(昭和61)年【連載:死の百年史1921-2020】第8回(宝泉薫)

連載:死の百年史1921-2020 (作家・宝泉薫)

 

増村保造(享年62)

 

 そう、80年代とはそういう時代だった。サブカルチャーがもてはやされ、オリジナルよりもパロディが喜ばれるような時代。シリアスなのにコミカルというギャップが面白がられた大映テレビドラマのブームも、その空気があればこそである。

 そういう面白がられ方について、増村がどう感じていたかはわからない。彼はただ大真面目に作っていただけのようにも思われるからだ。

 なお「スチュワーデス物語」を生んだTBSの火曜8時枠は、大映テレビと東宝が制作を担当していた。86年の2~6月には、大映テレビによる「遊びじゃないのよ、この恋は」が放送され、井森美幸が主演。増村にとっては、これが最後の仕事となった。

 そして「遊びじゃないのよ、この恋は」の前、85年11~86年1月に放送されたのが「禁じられたマリコ」である。これは岡田有希子の最初で最後の主演連ドラ。超能力を持ってしまった少女の悲劇を大真面目に描いたが、東宝制作なので笑われることはなかった。

 それにしても、大真面目を笑われた堀と笑われなかった岡田という構図は両者のその後も象徴している。ガンで舌の半分以上を切除しながら、テレビに出て歌うような堀の生き方は、大真面目を笑われる覚悟もないとできない。

 一方、デビュー前もそのあとも優等生キャラだった岡田には笑われること自体に耐えられないような雰囲気があった。そもそも、自殺という死に方は大真面目でないとできない。そして、それは大真面目を笑われないための唯一の手段のようにも思われるのだ。

(宝泉薫 作家・芸能評論家)

 

 

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宝泉 薫

ほうせん かおる

1964年生まれ。主にテレビ・音楽、ダイエット・メンタルヘルスについて執筆。1995年に『ドキュメント摂食障害―明日の私を見つめて』(時事通信社・加藤秀樹名義)を出版する。2016年には『痩せ姫 生きづらさの果てに』(KKベストセラーズ)が話題に。近刊に『あのアイドルがなぜヌードに』(文春ムック)『平成「一発屋」見聞録』(言視舎)、最新刊に『平成の死 追悼は生きる糧』(KKベストセラーズ)がある。ツイッターは、@fuji507で更新中。 


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